演奏楽器

3日間のコンサートで使用する楽器の一部をご紹介。それぞれの楽器の音色を、ぜひ会場でお楽しみください。

French double manual harpsichord based on several of the 18th century double manual harpsichords Nicolas Dumont and Nicolas Blanchet, ca.1704-1715, David Lay

チェンバロ:製作者 デヴィッド・レイ(スイスにて製作)
二段鍵盤、フランス様式(ニコラ・ブランシェ[パリ、1722]、ニコラ・デュモン[パリ、1704・1707])

スイス在住の製作家、デヴィッド・レイによる18世紀フレンチモデルの楽器です。

アメリカ出身のデヴィッド・レイは、パリのチェンバロ修復家ユベール・ベダールのアトリエで楽器製作を学びました。ベダールはパリのコンセルヴァトワールにある楽器博物館所蔵の楽器の修復も担当しており、その関係でレイも同博物館やヨーロッパ各地の貴重なオリジナル楽器の修復を数多く手掛けました。現在はスイスに工房を構え、オリジナル楽器の修復とレプリカの製作を行っています。

私の恩師でもある故スコット・ロスは、亡くなる直前までレイの楽器を愛用し、ロスが遺した数々の録音にもレイは参加しています。私がレイの楽器を知ったのはロスを介してでした。私もこれまでに行った全ての録音でレイの楽器を使用しています。

今回フェスティバルで使用するチェンバロは、1722年に製作されたニコラ・ブランシェをメインに、1704年と1707年のニコラ・デュモンの作品もモデルにしています。レイの楽器の特徴は昔ながらの製作方法に非常にこだわっている点で、製作技術や装飾様式だけでなく、接着剤などの材料に至るまで独自の研究に基づいて楽器を作っています。

この楽器の一番の魅力は、表現力の豊かさにあります。例えば、私がこの楽器を弾いている時に、自分の意図した以上の表情やニュアンスを楽器が出してくれます。それによって、私の表現意欲を更に掻き立たせてくれるのです。私と楽器とのやり取りの行き着く先に何が待っているのか、人生の大いなる希望であり、謎でもあります。(曽根麻矢子)

Double-manual Harpsichord by Bruce Kennedy, Amsterdam 1995

チェンバロ:製作者 ブルース・ケネディ(アムステルダムにて1995年に製作)
二段鍵盤、ドイツ様式(ミヒャエル・ミートケ[ベルリン、1702-04]に基づく)

アメリカ人であるブルース・ケネディは多くの著名な演奏家から多大な信頼を寄せられる名工としてアメリカ、スイス、オランダと自身の工房を移転しながら今はイタリアに本拠地をおいて活躍を続けています。

ケネディ自身が最も得意とし、評価も高いのが、M.ミートケ1702~1704年製作を元にしたこの楽器です。J.S.バッハが楽長として勤務していたケーテン宮廷のために購入し、その楽器の披露演奏会に演奏したのが《ブランデンブルク協奏曲第5番》であったと見られています。また、シャルロッテンブルグ宮殿の柱と、このチェンバロの脚のデザインは共通しており、プロイセン王宮ご用達の装飾家によるものと窺える部分です。

(株式会社ギタルラ社)

Lautenklavier by Keith Hill, Manchester 2000

ラウテンクラヴィーア:製作者 キース・ヒル(アメリカ、マンチェスターにて2000年に製作)
二段鍵盤、バッハ時代のラウテンクラヴィーアの想像復元

16世紀以来ヨーロッパ各地で製作され、多くの作曲家たちを魅了したにもかかわらず最近まで実物が残っていないとされてきた幻の楽器。ガット弦を使い、止音装置(ダンパー)を持たないこの「鍵盤のついたリュート」は、その豊かな響きによってバッハが真の大作曲家としての道を歩む重要な契機ともなりました。今回演奏されるラウテンクラヴィーアは、日本に現存するたった2台の楽器のうちの1台です。

バッハの時代のドイツにおけるラウテンクラヴィーアについては、かなり以前から盛んに研究されており、ドイツやアメリカの研究者やチェンバロ製作家などが、想像復元に取り組んでいます。今回、演奏する楽器を製作したキース・ヒルは、アメリカの高名なチェンバロ製作家の一人で、上述のヒルデブラント作のラウテンクラヴィーア同様、2組のガット弦と真鍮製のオクターヴ弦を装備した楽器を製作しています。(渡邊順生)

Harpsichord by Takayasu Shibata, Niiza 1995

チェンバロ:製作者 柴田雄康(埼玉県新座市にて1995年に製作)
一段鍵盤、イタリア様式(17世紀後半のオリジナルを元にした製作者独自のデザインに基づく)

イタリア様式のチェンバロの独特な音色は、歴史的チェンバロの中でも、最も個性的で魅力的なものと言えるでしょう。そのポンポンと、歯切れ良く軽快に飛び出す丸い音は、特にテンポの速い曲などでは、威勢のいいイタリア人の勢いのよい「啖呵」を思わせます。イタリアのチェンバロは、3~5mmという極めて薄いケース板で作られた華奢なボディ、スリムでスマートなプロポーションを特徴としており、そのような楽器の形状や構造がこの独特な音色を生み出すのです。一七世紀イタリアのチェンバロ音楽のファンの方々は日常的に親しんでおられますが、同じチェンバロ音楽でも、主にバッハやフランス音楽を聞かれる方々には余り馴染みのないタイプと言えるでしょう。今回のフェスティバルでは、フレスコバルディとストラーチェをこのタイプの楽器で演奏します。

今回用いるチェンバロは、故・柴田雄康さん(1947-2013)が1995年に製作された一段鍵盤の楽器で、17世紀の終り頃にトスカナ地方で作られたチェンバロを基にした柴田さんの独自のデザインによるものです。ヨーロッパの第一級の楽器と比べてもひけを取らない名器なので、その素晴らしい音色を心ゆくまで楽しんで頂きたいと思います。(文責:渡邊順生)