浜離宮朝日ホール|朝日ホール通信

1992年オープンの室内楽専用ホール。特にピアノや繊細なアンサンブルの音色を際立たせる設計でその響きは世界でも最高の評価を受けています。


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から、偉大な作品と向き合い、その奥に潜むものを探求するのがすごく楽しくて、ずっと自分の考える通り自由に自己表現し、ここまで続けることができています。最初、ルヴィエ先生には“野生の馬のようだ”といわれたくらい(笑)。あまりに自由闊達に滅茶苦茶な弾き方をしていたからです。でも、こういう奏法ですから、コンクールでは通用しませんでした。ですから、早く別の道を探そうと思ったんです」フレイはピエール・ブーレーズの作品を得意としている。2006年にはブーレーズの推薦によってドイツのルール・ピアノ・フェスティバルに参加し、新人賞を受賞している。彼はけっして鍵盤をたたかず美しい弱音をたっぷりと響かせる奏法の持ち主だが、作品の解釈は非常にユニークで、いずれの作品でも全編に繊細さと独創性とある種の官能性が潜む。演奏も性格も多くの指揮者が「ユニークでおもしろい」というように、人を惹きつける魅力に富んでいる。「ピアニストという職業は辛いし困難を伴うし、果てしなく練習を続けなければならない過酷なものですよね。偉大な作品と日々対峙していると、自分がいかに敗者かと思い知らされます。作品がいつも勝者ですから。でも、そこであきらめずに模索を続けるという意味では、勝者になり得ると思います。いい演奏をするために生涯を懸けて自己と戦い続ける。その挑戦がたまらなく面白く、意義深く、心が高揚するわけです」チェンバロ作品からワーグナーへ現代のピアノでいかにうたわせるかフレイは『モーツァルト:ピアノ協奏曲第22番、第25番』の録音では、ライナーノーツまで執筆している。それに関して聞くと、またおもしろい答えが戻ってきた。「ものを書くのはとても興味深いのですが、周囲の人たちにあれこれいわれるから、もうやめたんです。私の文章なんてたいしたことないし……。今後は演奏だけで勝負するつもりです。実は、私が尊敬する文章を書く人は、たった3人だけ。ヴィルヘルム・フルトヴェングラーとグレン・グールドとチャールズ・ローゼン(アメリカのピアニスト、音楽学者)。私は本を読むのも大好きで、かなりの読書家。いまマルセル・プルーストの本に夢中なんですよ」14年前の2011年の来日公演では、パーヴォ・ヤルヴィ指揮パリ管弦楽団との共演により、得意とするラヴェルのピアノ協奏曲を演奏し、作品の多面性を十分に表現した。フレイの音はとてもエレガントで柔軟性に富み、弱音が美しい。ユニークな性格がそのまま音に反映し、これまで聴いたどのラヴェルとも異なる豊かな色彩感にあふれる演奏だった。「こうした作品は長年弾いていると、あるときふと自分の音楽になったと思う瞬間に出合うのですが、翌朝になるとまだ階段の一番下にいると感じるようになるのです。そしていつも考える、傑作と向き合う旅に終わりはないのだと。現実の厳しさを知るわけです」(2011年の来日時のインタビューより)今回のプログラムはフレイが愛してやまないJ.S.バッハを主軸に、ヘンデル、スカルラッティ、ロワイエ、クープラン、ラモーのチェンバロ作品が並び、ワーグナーへと歩みを進める。フレイがそれらを現代のピアノでいかにうたわせるか、どのような解釈をするのか、興味津々である。フレイは通り一遍の演奏はしない。じっくり作品と対峙し、自身の内面と向き合い、作品を咀嚼し、その美質を自由に自然な形で世に送り出す。なんとユニークで心が高揚するプログラムだろうか。聴き手の心奥に語りかける、その冒険に心身を委ねたい。文/伊熊よし子(音楽ジャーナリスト)ダヴィッド・フレイピアノ・リサイタル10/30(木)19:00一般¥6,600U30¥2,000J.S.バッハ(W.ケンプ編):シチリアーノヘンデル(W.ケンプ編):組曲HWV434より第4曲「メヌエット」ロワイエ:クラヴサン曲集第1巻より第11曲「気まぐれ」J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番BWV1003より第3楽章「アンダンテ」スカルラッティ:3つのソナタK1、K466、K87クープラン:クラヴサン曲集第2巻第6組曲より「神秘的なバリケード」ラモー:クラヴサン曲集組曲ホ短調より第5曲「鳥のさえずり」ワーグナー(リスト編):楽劇「トリスタンとイゾルデ」より「イゾルデの愛の死」ほか5


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