浜離宮朝日ホール|朝日ホール通信

1992年オープンの室内楽専用ホール。特にピアノや繊細なアンサンブルの音色を際立たせる設計でその響きは世界でも最高の評価を受けています。


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新メンバーを迎え、より表現が大胆に室内楽のさかんな英国を拠点に第一線で活躍を続けるドーリック弦楽四重奏団(SQ)が、10月に浜離宮朝日ホールに初登場する。2008年の大阪国際室内楽コンクールに優勝して以来、来日を重ね、前回は2023年に訪れたが、その後メンバー・チェンジがあり、今回は新体制でのお目見えとなる。創設メンバーのジョン・マイヤースコウさん(チェロ)に、まず2人の新メンバーについてうかがった。「第1ヴァイオリンのマイア・カベザは実は日本生まれなんです。両親はアルゼンチンの方で、お父さんが研究で日本に滞在していたときに彼女が生まれ、4年ほど住んでいたそうです。その後、カナダとアメリカを経て、今はヨーロッパで活動しています。強い好奇心と知性をもった音楽家で、豊富な室内楽の経験に加え、現在ヨーロッパ室内管弦楽団の首席第2ヴァイオリン奏者も務めていて、古典派――特にベートーヴェン――の交響曲に詳しく、そうした経験をカルテットに持ち込んでくれるのでたいへん刺激的です。一方、新しいヴィオラ奏者のエマ・ヴェルニグはオーストリア/ドイツ人ですが、ロサンゼルスで育ちました。私たちが以前、弦楽五重奏曲を演奏したときに何度か参加してくれていたので、すぐになじんでくれました。自然体で感受性に富み、弦楽四重奏団のメンバーになることが夢だったそうです」新体制になって、もっとも顕著な変化はなんだろうか。「より表現が大胆になったことでしょうか。洗練性や明瞭さ、冒険心、コントラストたっぷりのドラマティックな表現といったドーリックSQの当初からの理念やアプローチはまちがいなく受け継いでいますが、今のメンバーになって音がより筋肉質になり、より大胆に聴衆に語りかけるようになったと感じます」メンデルスゾーンとベートーヴェンの間にヤナーチェクを挟んだプログラム今回のプログラムもコントラストが鮮やか。メンデルスゾーンが18歳のときに書いた弦楽四重奏曲第1番、ヤナーチェクの同第1番「クロイツェル・ソナタ」、そしてベートーヴェンの同第10番「ハープ」という、彼らのど真ん中のレパートリーが並ぶ。「メンデルスゾーンの第1番はベートーヴェンの『ハープ』に感化された作品と言われており、どちらも変ホ長調であるなど共通点があります。今回のプログラムではメンデルスゾーンを最初に、ベートーヴェンを最後に演奏するので、作曲順からいえば逆ですが、感情面ではこのほうが合うと思っています。早熟だったメンデルスゾーンはこの曲ですでに弦楽四重奏の書法をマスターしていますが、同時に想像力も豊かで、喜びや若さゆえの無邪気さも感じられます。一方、ベートーヴェンの『ハープ』は、先に書かれた実験的な『ラズモフスキー』3作にくらべると古典的ですが、同時に後期の作風を先取りしている面もあります。この2作のあいだに、きわめて濃厚なヤナーチェク作品を挟みました。短い曲ですが、その悲劇的なストーリーと各楽章の感情の激しさから、まるで長いオペラを弾き終えたような気分になります。曲のもとになったトルストイの中編小説『クロイツェル・ソナタ』は嫉妬が大きなテーマで、多くのカルテットが怒りとアグレッシブな情熱を前面に出します。しかし私自身は、この曲は嫉妬以上に愛がテーマだと考えています。ヤナーチェクの音楽は美しさや悲しみ、ノスタルジアに満ちており、そうした感情の移ろいをたっぷり表現できたらと思います」なお、ドーリックSQは、古典派から19世紀初頭までのレパートリーでは、より透明で明瞭な音が出せるクラシカル・ボウ(1770年頃から19世紀初頭にかけて用いられていた弓のこと。モダン・ボウよりすこし短く、弓のアーチが毛とほぼ平行なのが特色)を使うことでも知られる。本プログラムではメンデルスゾーンをクラシカル・ボウで演奏するそうなので注目したい。また同団は目下、Chandosレーベルでベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲をレコーディング中。すでに2巻がリリースされており、次の第3巻には第16番(録音済み)と、12月に録音する第3番、第9番「ラズモフスキー第3番」、第10番「ハープ」が収められるとのこと。さらに2028/29年のシーズンには彼らにとって初となるベートーヴェンの全曲演奏にも挑む。最後に、これまでの来日の思い出やお気に入りの場所について質問してみた。「日本で好きなのは新幹線とデパ地下です(笑)。それから東京で私が毎回訪れるのは根津美術館です。四季折々の展示に加えて、庭園も美しく、大好きな場所です。日本で演奏するときにいつも感じるのは、聴衆のみなさんがクラシック音楽に強い情熱と知識をもっていることで、私たちもとてもやりがいがあります。また響きの美しいコンサートホールが多く、この秋、浜離宮朝日ホールで演奏できるのが今から楽しみでなりません」取材・文/後藤菜穂子(音楽ライター)ドーリック弦楽四重奏団10/31(金)19:00一般¥6,500U30¥2,000出演:マイア・カベザ(第1ヴァイオリン)、イン・シュー(第2ヴァイオリン)エマ・ヴェルニグ(ヴィオラ)、ジョン・マイヤースコウ(チェロ)メンデルスゾーン:弦楽四重奏曲第1番ヤナーチェク:弦楽四重奏曲第1番「クロイツェル・ソナタ」ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第10番「ハープ」7


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