浜離宮朝日ホール|朝日ホール通信

1992年オープンの室内楽専用ホール。特にピアノや繊細なアンサンブルの音色を際立たせる設計でその響きは世界でも最高の評価を受けています。


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ラフマニノフが最初に書き上げたオリジナル版は45分ほどの長さがあったが、そこからカットして35分ほどに切り詰めた版が、現在もっともよく知られているバージョンである。しかしゲニューシャスは、オリジナル版にしかない価値を次のように語る。「あれだけの天才でありながら、ラフマニノフは自分にあまり自信のない人だったようで、最初に書き上げた長いバージョンを仲間たちに聴かせ、彼らの助言に素直に従って大幅にカットしてしまいました。それが今、広く世界で演奏されているセカンド・バージョンになるわけですが、あるとき私はモスクワにあるロシア国立音楽博物館にオリジナル版の手稿譜があることを知りました。さっそくコンタクトしてオリジナル版を弾いてみたところ、非常に納得のいく内容でした。誰でも見られる状態にあったにもかかわらず、誰も演奏してこなかったことに驚きましたが、私自身、セカンド・バージョンを何度となく演奏してきたからこそ、その価値を見出すことができたのです。セカンド・バージョンは第1楽章と第3楽章に大きく手が入れられているのですが、オリジナル版のとくに第1楽章にはありのままの“生の音楽”の魅力があります。音楽が自然に流れていて、作曲家が訴えたいことの一貫性も感じられ、戦慄を覚えるほど一点の妥協もないパワーがある。お聴きいただく皆さんにも、ラフマニノフの内面に入っていくような45分間の旅を経験していただけることでしょう」ゲニューシャスは2023年にスイスのルツェルン湖畔に建つラフマニノフの別荘でオリジナル版を世界初録音。アルバムは権威ある賞を受賞するなど高く評価された。「ロシアを出たあと、ラフマニノフがヨーロッパでの拠点とした美しい別荘がルツェルンにあり、セルゲイとナターリヤの名前にちなんでセナール荘と名づけられています。現在はラフマニノフ財団が管理していて、彼が住んでいた1930年代の家具などを置いて当時を再現しているのですが、1933年にスタインウェイがラフマニノフの60歳の記念に贈った特別なピアノも置いてあって。今回はそのピアノで録音することができました。私が弾いてきたスタインウェイのなかでもベストと言えるほど素晴らしいピアノで、ほんの少し音が長く保たれるところが、ラフマニノフならではの長い旋律や、彼が求めていた音の世界を再現するのにふさわしいのです」◆シューベルトとの内面的な繋がり今回のリサイタルでは、このソナタとシューベルトの即興曲やメヌエットがプログラミングされている。両者を組み合わせた意図を尋ねると、つねに物事を深く探究し、洞察力に富んだゲニューシャスらしい答えが返ってきた。「まずラフマニノフとシューベルトは決して距離のある存在ではなく、ラフマニノフはピアニストとしてシューベルトの作品を多く演奏し、録音し、歌曲の編曲もしていました。シューベルトのセンチメンタルな部分に共感していたことは間違いありません。けれど、私がコンサートのプログラミングをする際に重視するのは、そういった目に見える共通項ではなく、より内面的な論理性にもとづく繋がりです。つまり、究極の透明感、非常に高度なシンプルさ、永遠なる美しさといったものを追い求めたのがラフマニノフとシューベルト。そういった抽象的な概念を、ピアノを通して具現化できた音楽家なのではないかと。また、ポリフォニーの洗練度という点から見ても、この二人は突出しています。どちらも色彩豊かですが、決して同じではない色彩の美しさを、素晴らしい音響を誇る浜離宮朝日ホールでお楽しみいただけたらと思います。私も今から楽しみでなりません」取材/伊熊よし子(音楽ジャーナリスト)文/原典子©IrinaPolyarnayaルーカス・ゲニューシャスピアノ・リサイタル4/18(金)19:00一般¥6,500U30¥2,000シューベルト:即興曲集(D935第1番、D899第2番、D899第3番、D935第4番)メヌエット嬰ハ短調D600ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ第1番(オリジナル版/日本初演)7


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