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奏される機会があまり多いとは言えないので、ぜひ皆さまにお聴きいただきたく選びました」それに続くのはショパンのポロネーズ第9番と第5番。作曲者が大切にしていた楽曲ジャンルのなかから、対照的な性格の2曲が選ばれている。「かなり違った側面を持つ2曲ですが、とてもいい組み合わせだと思っています。まず第9番は作品番号が71-2となっていますが、実際には次に演奏する第5番(作品44)よりもずっと前の10代後半で書かれています。若さゆえのチャーミングさや明るさにあふれた作品ですね。そして第5番は豊かな感情にあふれ、それが人を圧倒するような迫力で迫ってきます。中間部のリズムも印象的です。私はこの曲について、暗闇のなかで踊っているようなイメージを持っており、また第6番『英雄』とは違った英雄的な部分も感じています。2曲のコントラストをぜひお楽しみいただきたいです」最後に演奏されるのは、シューベルトの最後のピアノ・ソナタとなった第21番変ロ長調だ。「シンプルではありますが、ピアノ史における傑作のなかでも5本の指に必ず入るといっても過言ではないと思います。この曲についてはいくらでもお話しできるくらいです。この曲を作曲したとき、シューベルトはもはやこの世にはいなかったのではないか、と思わせるほど深いものが込められており、彼が自分の人生のすべてを書き記したかのようです。シューベルトはただ幸せだった、とはいえない人生を送っていましたが、そういったものが第2楽章にはとくに反映されているようで、聴くと涙せずにはいられません。聴く人の魂へと届いてくるようなものがあります。そして最終楽章はシューベルトらしさにあふれていて、どんな暗闇のなかにいても微笑みをたやさない、そして幸せだった日々を振り返りながら微笑んでいるような彼の姿が見えてくるのです」いかに人の心を揺り動かすことができるかエリックの演奏は作品に込められた内面を鮮やかに示してくれるものだが、それぞれの作品を演奏するときに、それが書かれた時期や作曲家の置かれた状況などは意識しているのだろうか。「もちろんです。あらゆる作曲家の作品を演奏する際、彼らがどんな人生を歩んできたのか、影響を受けたもの、そしてその楽曲をどのようにして書いていったのか……など、リサーチして掘り下げていきます。ショパンについては、もはや作品番号を聞けばその頃の彼がどんな状況にあったかがわかるほどです」今回選ばれたシューマンにショパン、シューベルトはロマン派を代表する作曲家だが、エリックのレパートリーの中心となる人物たちともいえる。「もちろんバロックや古典派の作曲家たち、そしてロマン派後期以降の作品も大好きなのですが、とりわけ今回選んだ3人は私にとって演奏すること、聴くこと両方において特別な存在です。彼らの楽曲はとても自然に響いてきて、曲の中に入っていくことができます」そう感じるのはやはりエリックが“ピアノで歌う”ことを大切にするピアニストだからこそであろう。「ピアノを歌わせるということはとても重要なことですね。シューベルトもシューマンもたくさんの歌曲を書いており、ショパンも作品に歌を込めています。そして私は演奏において、どのように人々の心を揺り動かすことができるかをいつも意識しています。演奏家と聴衆の間に壁を作るようなものがあってはなりません。テクニックはもちろん大切ですが、それはお客さまを驚かせるためのものではなく、作曲家が作品を書いたときに何を感じていたのか、それを届けるためのものなのです。私はこれまですばらしい音楽を聴き、演奏して豊かな旅路を歩んできました。今回のリサイタルで、皆さまに私の音楽の旅をともに歩んでいただけたら嬉しいです」[追記]本インタビューのあと、エリック・ルーは第19回ショパン国際ピアノコンクールにて第1位を受賞しました(2025年10月21日発表)。取材・文/長井進之介(ピアニスト・音楽ライター)エリック・ルーピアノ・リサイタル2026.2/26(木)19:00一般¥5,500U30¥2,000完売シューマン:森の情景Op.82ショパン:ポロネーズ第9番変ロ長調Op.71-2ショパン:ポロネーズ第5番嬰ヘ短調Op.44シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番変ロ長調D9603